岡本寺のご案内

岡本寺の涅槃図

岡本寺涅槃図について

観瀧山岡本寺の開山は、語節要言(ごせつようごん)大和尚で、当代住職は、三十三世に当たります。今から294年前の享保八年(1723年)に描かれた岡本寺の涅槃図は、「楊雪(ようせつ)」筆の銘があり、五世聲峰智谿(けいほうちけい)代に檀家より寄進を受けたと、裏書きに記されています。

涅槃図は、お釈迦さまが入滅(お亡くなりになられる事)された様子を描いたものです。お釈迦さまが入滅されたことを「涅槃に入る」ということから、この絵を涅槃図といいます。涅槃とは、「さとり」と同じ意味であるとされます。すなわち煩悩の火を吹き消した状態を指すのが本義であり、「人間の本能から起こる、精神の迷いがなくなった状態」と解釈してもよいでしょう。

江戸中期に楊雪によって描かれた岡本寺の涅槃図には、次のような特色があります。

上部の雲は横に流れる形で描かれており東福寺の僧侶であった明兆(みんちよう)の特色を表します。また、お釈迦さまが横臥(おうが)されます宝床が左を向いているのは、平安後期から鎌倉時代にかけての特徴で、高野山金剛峰寺所蔵(国宝)の涅槃図と同じで、数少ない作例です。また、右手前沙羅の樹に取りすがる尊者の姿も珍しく、長崎県平戸の最教寺涅槃図(国重文)と同様で、これも稀な構図と言えます。お釈迦さまの胸元に見える白い衣は仏絵師ならではの特徴です。さらに人物の表情が穏やかに描かれ、且つ繊細な筆のタッチ、美しい色調など、楊雪が技量に優れた仏絵師であった証です。

岡本寺涅槃図を描いた楊雪は、明兆や雪舟派の構図を基にしながらも時代の流れに沿った表現を取り入れていたようです。

(「雪舟等楊」の最初と最後の文字をひっくり返すと「楊雪」となるが、雪舟派の絵師としての確認は複数の大阪府立中央図書館学芸員のお力添えを仰ぐも特定に至らず。)

涅槃図修復のお礼

制作から300年近くを経た岡本寺涅槃図は、随所に傷みが激しかったため修復を依頼しました。修復に際し多数の皆様から浄財を賜わり、お陰さまを持ちまして平成25年(2013)8月、無事修復完成いたしました。皆様方のご支援に篤くお礼申し上げます。

観瀧山 岡本寺住職 平田信活 合掌

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岡本寺の涅槃図
岡本寺涅槃図
享保八年(1723年)
楊雪 筆画
全幅185cm 全高246cm
(絵画部:横162cm・縦189cm)
平成25年(2013年)8月修復
岡本寺の涅槃図(裏書き)
裏書き